ギルド『アルファ』探索日誌

主に世界樹の迷宮シリーズのプレイ記録。

笛鼠ノ月の物語・上旬/後編

えらい難産だった後編。




辿り着いたその空間は、どこか不気味な印象を受けた。
今まで見てきたものとはまるで違う床や珊瑚の色に、散乱する装備品の欠片。
「……なに、これ」
思わず声にだしてしまう。顔から血の気が引いていくのがわかる。
「わからないわ。……とにかく、抜け道を探しましょう」
こちらも顔色を悪くしたディアナが言い、全員無言で頷く。
最大限の注意を払い、部屋を進む。だが、
「……ない、ね」
部屋の隅まで辿り着いても、どこにも深都へ至る手がかりはなかった。
皆の顔に動揺が走った次の瞬間、
「後ろです!」
イカの低い叫びと共に、背後から殺気が飛んできた。
とっさに振り返ると、
F.O.E.……!」
巨大な魚が3体、群れをなして迫りくる姿があった。
焦った様子でディアナが口を開く。
「糸は誰が?」
「あたしです。……でも、」
即座に答えたアイカは、こっちです、と壁伝いに進みだす。
「あの魚たちは、まだあたしたちに気づいていないようです。
それなら、習性のままに行動するでしょう」
皆早足でその後に続く。
「彼らの行動パターンは巡回型です。
決まったルートを決まった速度で進むだけの」
ーーーなぜ、アイカはずっとしゃべっているの?
「だったら、抜けられないわけがない、です。……ほら」
気が付けば、先ほど通った道まで戻ってきていた。
その瞬間、一気に緊張が解け、その場に座り込んでしまう。
見ると、フィオもイシスも同じように座り込んでいる。
ディアナはというと、道の端で壁に寄りかかるように立っていたが、
その目は閉じられている。
多分、座ってしまうと立ち上がるのがつらいからだろう。
「……アイカは、平気なの?」
問いかけたのはフィオだった。
その問いに、立ったままのアイカは曖昧に笑んで答える。
「……平気、ですよ」
そんなことより、とアイカは話を変えた。
「ディアナさん、これからどうしますか?
さっきはあたし、勝手に決めてしまいましたけど……」
「気にしないで」
ディアナが目を開き、まっすぐにアイカを見つめて言う。
「アイカがいなかったら、きっと逃げ帰るだけの選択しかできなかったわ。
……そうならなくて済んでよかったと思う」
ーーーそうだった。
自分たちは『冒険者』だ。あのまま糸を使って帰っていたら
確かに安全だっただろうが、冒険者としての矜持はどうなっていただろうか。
あるいはプライドだけであの魚の群れに挑んでいたなら、
今度は全員の命がなかっただろう。
ーーー彼女は、わたしたち全員の誇りと命とを守ったのだ。
ーーーみんながパニックにならないよう、ずっと冷静な言葉でしゃべり続けて。
残りの2人も気づいたようで、驚いた表情でアイカを見上げている。
全員の視線を受けたアイカは狼狽した様子だった。
「えと、その、それはよかったですぅ……?」
「なんで疑問形なの」
「イシスちゃんはどうしてそこで突っ込みがでるんですかぁ!」
そのやりとりに皆から笑いがこぼれる。
少しだけいつもの雰囲気を取り戻したところで、ディアナが口を開いた。
「私は、もしみんながまだ探索を続けられそうなら、
オランピアさんのところに戻って話を聞きたいわ」
「ん、賛成」
真っ先にイシスが言った。
「なんで嘘吐いたのか知りたいし」
その言葉に全員頷き、立ち上がった。




夜明け前に目が覚めた。昨日早く休んだからだろう。
あの後会ったオランピアの言葉から、
彼女が自分たちを葬り去る気だったことがわかり、急いで海都に戻った。
しかし裏切られた衝撃が大きく、皆疲労していたため、
元老院に寄ることなく宿屋に戻ったのだ。
そして後のことは男性陣に任せて、早めの就寝となったのだった。
イカとフィオの姿は既にない。二人とも朝の鍛錬が日課だからだ。
ーーーフィオのところにでも行ってみようかしら。
昨日のことについて話をしたい、そう思ってベッドから降りた。


外に出ようとしたところで、それを見てしまった。
フィオとゲイルが、ただ寄り添って座っているだけの光景。
でもただそれだけの光景が、自分にとっては雷に撃たれたかのような衝撃で。
息を飲み込み、音を立てないよう踵を返すと、即座にその場から逃げ出した。
気がつけば、いつの間にか屋上の扉の前で。
力任せに開け放つと、鍛錬を終えていたらしいアイカがこちらを振り返った。
「おはようございますぅ。……なにか、嫌なものでも見たんですか?」
「…………!!!」
その顔は平静で、聞いておきながら何があったのか察しているようだった。
ーーーそれもそうか。
今この状況で、フィオとゲイルが一緒にいる可能性が高いことくらい、
少し考えればわかることだ。
早めに起きてしまった自分が、フィオを探すであろうことも。
それよりも『嫌なもの』を見たのかと聞かれたことがきつかった。
ーーーあの優しい光景が『嫌なもの』であるはずがないのに。
ーーーわたしにとっても、そうじゃないはずなのに……。
そのまま俯いてしまった自分に、アイカはため息をひとつ吐くと、
朝食までには降りてきてくださいね、と言い残して立ち去った。
……とても、誰かと顔を合わせる気分にはなれなかった。


そのまま鬱々とした思考を繰り返しているうちに、
日は上がりきってしまった。
ーーーもうそろそろ朝食の時間かしら。
それでも動く気になれず、座り込んだままぼんやりとしていると、
屋上の扉を叩く音、続いて聞き慣れた声がした。
「あー、そっち行ってもいいか?」
「……ハル?」
「おう、飯持ってきたから」
そう言って扉を開けたハロルドは、二人分の朝食を持っていた。
「持ち出して大丈夫なの?」
「ちゃんと言ってきたって」
ほら、と差し出された器を受け取る。
「アイカがなにか言ったの?」
「お前が屋上にいるって」
「……それだけ?」
「おう、そんだけだ」
そう言ってハロルドは隣に腰を下ろし、朝食を食べ始めた。
「……食えよ、ちゃんと食わないと体持たねーぞ」
「ねえ、」
「ん?」
ーーーどうして何も聞かないの?
そう聞きたかったが、なんだか言ってはいけない気がした。
「……やっぱりいいわ」
かわりにそう言って、朝食を食べ始めた。
ハロルドは特に追求することもなく、そっか、と言っただけだった。



「ハル、」
朝食を片付け、お茶を含んだハロルドに対して口を開くが、
「わたし……駄目、なんだかうまく言葉にできないわ」
「エリンにもそんなことがあるんだな」
ハロルドは少し驚いた様子で自分を見た。
「でも、別にいいんじゃねーか?オレなんかしょっちゅうだしな」
「……そんな時はどうするの?」
「したいようにする」
そう言ってハロルドはにやっと笑った。
「言葉にしなくたってさ、やりたいこととか、
やんなきゃいけねーことは分かってんだ。
だから、それをする。……そしたら、言葉は後からついてくるさ」
「やらなきゃいけない、こと……」
ーーーそういえば、フィオにまだ言ってなかったわ。
ーーー良かったね、って。
ーーー最初に言わないといけなかったのに。
「……そうね。わたし、やってみるわ」
「そっか、がんばれよ」
「ええ、……ねえ、ハル」
「なんだ?」
「ありがとう」
そう言って見上げた空は、さっきより彩度を増して見えた。