ギルド『アルファ』探索日誌

主に世界樹の迷宮シリーズのプレイ記録。

笛鼠ノ月の物語・上旬/前編

エリン視点。後編に続く。



「これでクエスト2つ目も終了、っと」
「なにも危険がなくてよかったわ」
前を進む2人が話すのを、なんとはなしに見やりながら
エリンはここ数日のことを思い出していた。


現在のパーティー編成は男女で分けられている。
それもこれも、つい5日ほど前に皆で温泉へ行ったときに、
イカの誘導に簡単にひっかかったフィオが、
ゲイルとの関係を暴露してしまったからだった。
イカ曰く、
「あれは誘導でもなんでもなくて、
フィオちゃんが勝手に自爆しただけですよぅ」
ということらしいが、大差はないだろう。
女だけの「ここだけの話」で済めば良かったのだが、
だんだんとヒートアップしていた声は隣に丸聞こえだったらしい。
それからというもの、フィオは恥ずかしさのあまりに
ゲイルに対して挙動不審になってしまい、
探索に支障がでないようにとパーティーの編成が変えられたのだ。


ーーーなんか、嫌だわ。
フィオが本当は女の子らしい女の子だということは、自分だけが知っていたのに。
そのことをフィオが隠そうとしていたことも、なぜそうしたのかもわかっていた。
言葉にしてしまうと、それが本当だと認めてしまうようで避けていたけど。
ーーー私の、所為。
自分の容姿が人に与える印象はわかっているつもりだ。
いつも一緒にいるフィオが、散々に比較されていることも気づいていた。
ーーーフィオが、傷ついていないわけがなかったのに。
でも、分かっていながら傍にいて欲しいと望んだのは自分だ。
……彼女が、あまりにも優しかったから。
閉じこもりがちなときは外に連れ出し、
寝食を忘れて書物を読んでいれば拳骨を落とし、
上辺でしか人を見ない男どもを蹴散らし。
「僕がそうしたいから、そうするんだ」と笑って。
ーーーそう言えば、あのときもそう言っていたわ。




まだ自分たちが10才にも満たない頃の話だ。
自分は家中の書物を読み尽くし、更なる知識欲に取り付かれていた。
世界が知りたいと願い、その方法を探して辿り着いたのが「森の魔女」だった。
「森の魔女」は単なる通称で、森の近くに家を構え、
占星術師を営んでいることからそう呼ばれていただけだ。
知識を力に変える占星術師という職業を知ったとき、
自分はその魅力に取り付かれた。
なにより、魔女の家には大量の書物があるという噂だったのだ。
はやる心で彼女に会いに行き、占星術の手ほどきを請うた。
知れば知るほどに知らないことが増えていく、それが楽しかった。
ついに弟子にしてほしいと言ったら、両親の許可を得てこいと言われた。


しかしモンクである両親は、自分の願いを断固として拒絶した。
彼らは自分にも同じ道を進んでほしかったのだろう。
だがそんなことは知ったことではなかった。
それから毎日のようにやりあい、泣き、叫び、
挙句に自分は自室に引きこもり、一切の食物に手をつけなくなった。
……しばらくして、許可が出た。実にあっさりと。
理由は分からなかったが、けれども自分の願いは叶えられたのだ。
すぐに荷物を整え、魔女の家へ向かった。
しばらくは家に帰る気もなかった。


真相を知ったのは3年ほどたった頃だった。
大体は2人で自分の元を訪れていたハロルドとフィオだったが、
珍しくハロルドだけで現れたときだった。
「フィオはどうしたの?」
「昇段試験だってよ。最近すげー頑張ってたし、受かればいいなあ」
「昇段……試験……?」
「ああ……っ!」
自分が言ったことに気づいたのか、見る見るうちにマズい!という表情をした
ハロルドに、半ば呆然としながら問う。
「……いったいいつからなの」
「……エリンがここに弟子入りした頃からだ」
その答えと表情で確信する。フィオは、自分の代わりにモンクの道に進んだのだ。
どうやって説得したのかは分からないが、それで自分の両親を納得させたのだ。
しかも、昇『段』試験だ。昇級ならともかく、3年で段となると
どれだけの努力が必要だったか、想像に難くない。
「あいつには、言うなって言われてた」
「……ハル、」
「だから、後は……悪ぃ、あいつに直接聞いてくれ」
数日後、自分のところにやってきたフィオが、言ったのだった。
「僕がそうしたかったから、そうしたんだ」
それにモンクって職業は嫌いじゃないしね、と嘯いて笑いながら。




そう言う彼女が、ただ無理をしているだけなら、自分は拒絶しただろう。
でもその笑顔は、いつでも全くの嘘ではなかったのだ。
だから自分は、彼女が傷ついていることには目をつぶり、その優しさに甘えていた。
だから、自分の所為で「女の子」であることをひた隠しにしてきたフィオが、
ゲイルによって解放されるなら、とても嬉しいことではあるけど。
ーーーでも、やっぱり、
イカだけが2人の関係に気づいていたこと、とか、
ゲイルがフィオを見る目がとても優しいこと、とか、
それを見返すフィオもやはりとても嬉しそうなこと、とか。
「どうしたの?」
「なんでもないわ」
横に並んでいたイシスが問いかけてくる。
それに答えながら、散漫になっていた思考を収束させる。
ーーー面白くない。
その言葉が現在の己の感情を表すのに、一番似つかわしく思えた。


「あ、オランピアさん」
小部屋に入った瞬間、アイカがつぶやいた。
見ると、奥の大木に体を預けた格好で、オランピアが立っている。
彼女もこちらに気づいたようで、会釈をしてきた。
「こんにちは。今日も探索ですか?」
「はい、昨日伺った深都の手がかりを探そうと思っています。
……よかったら、もう一度お話を聞かせてもらえませんか?」
ディアナが全員を代表して話しかける。
昨日探索に出た男性陣から話は聞いていたが、
やはり本人から聞いた方がいいだろう。
皆そう思ったらしく、オランピアに注目する。
少女はニッコリ微笑むと、先の小道を指差して告げる。
「この道の先で、海流の流れと古代魚の群れが行く手を阻んでいるのです。
それを抜けた先に深都へ繋がる抜け道があるのですが……」
一旦言葉を切り、オランピアはこちらに向き直り言葉を続ける。
「……あたしは訳あって自身では確認できずにいます。
だからみなさんにお願いしたいのです」
「わかりました」
ディアナが頷く。昨日聞いた話とほぼ一致する。
それ以上聞けることもないだろうとオランピアに別れを告げ、
小道に足を踏み入れた。


ーーーなにかおかしいわ。
歩き出してすぐ、その中にいつもとは違う違和感を感じた。
前列を並んで歩くディアナとフィオはいつも通りに見える。
オランピアについて、フィオがディアナに何か聞いているようだ。
ーーーそう言えば、フィオは初対面だったわね。
そう思ってから気づく。違和感の元はアイカだった。
こんなとき、真っ先に何か話しだしそうものなのに。
彼女はいつもの笑顔のまま、だけど口を開いてはいない。
おかしいといえばイシスもそうだった。
どこか腑に落ちない様子で隣を歩いている。
フィオと同じく、彼女もオランピアとは初対面だったはずだが。
一つ息を吐くと、聞きだしやすそうなイシスの方から問いかけることにした。
「イシス」
「なに?エリン」
「何か気にかかることがあるなら言ってくれると嬉しいわ」
「え、」
声を漏らし、イシスは困ったような顔でしばらく逡巡したのちに
小声で話しだした。
「うまく、言えないんだけど、」
「うん」
「・・・オランピアさんって普通の人間なの?」
「こんなところに一人でいるって意味じゃ普通じゃないわね」
「そういう意味じゃなくて」
更に困惑の表情になってしまったイシスは、
けれど自身にもなにが引っかかっているのかわからない様子だ。
すると反対側から声がした。
「考えてもしかたないですよぅ」
「……アイカ
「このまま探索を続けていれば、そのうちわかることですぅ。
けど、そうですねぇ……」
そう言うとアイカはやはりいつもの笑顔のまま続ける。
「もし、私やイシスちゃんの勘……みたいなものが正しいなら
オランピアさんは深都と直接繋がっているかもしれないですねぇ」
「……アイカ、それどういうこと?」
いつの間にか前の2人も話を聞いていたようだ。
振り返ったフィオが訪ねる。
「んー、いろいろ話を聞いて総合して考えた上の、ただの憶測ですぅ。
確証とかなにもないので、あんまり気にしないでください」
「でも、用心するに越したことはないわ」
前を向いたままディアナが言った。
「さっきオランピアさんは言わなかったけど、
シアンから聞いた話だと、戻ってきたギルドはいない、ということだったの。
それに、バルクとゲイルさんからも、先に進むときは
いつも以上に気をつけてくれ、ともね」
オランピアさん、いい人そうに見えるけどなあ」
そう言ったフィオに同意だった。イシスも頷いている。
少なくとも、今から自分たちが向かうところは
死の危険性が非常に高いということは確かで、
その情報はオランピアによってもたらされたものだ。
そうね、とディアナも頷く。
「気にし過ぎならいいと思うわ」
「では、先を急ぎましょう。地図だともうそろそろのはずですぅ」
イカは最後まで笑顔のままだった。