ギルド『アルファ』探索日誌

主に世界樹の迷宮シリーズのプレイ記録。

皇帝ノ月の物語

イシス視点の話。


皇帝ノ月の物語
目を開けると、どこかの天井が見えた。
ーーーここは、どこ?
ーーーあたし、どうしたの?
なにか嫌なものが押し寄せる寸前、見慣れた顔が視界に移った。
「イシス」
あ、と声を出したつもりが、何の音にもならずに空気を震わせた。
一度飲み込み、もう一度。
「ジョセフ」
やってきそうだった嫌なものは、もう跡形も無く消えていた。
そこでやっと視線を巡らせて、あと三人、部屋にいることに気がつき、
自分に何が起きたのかを思い出した。





イシスが世界樹を目指した理由は二つある。
一つは、両親が世界樹で亡くなった、ということが判ったから。
本来なら知っていてもおかしくなかった事実だが、
亡くなった祖父はそのことを隠していた。その理由は、もうわからない。


もう一つは、実はこちらが主な理由だが、単純に面白そうだったからだ。
両親の死の理由を探る、という目的はもっともらしい動機になったが、
それよりも前に、ずっと世界樹に行ってみたかったのだ。
世界樹の迷宮、という響きには不思議な魅力があり、
未だに踏破されていないという神秘性がそれに拍車をかけた。


加えて自分の腕を試したい、という欲求もあった。
祖父に叩き込まれた猟師としてのスキルが、
冒険者としても通用するのかは分からなかったが、
それでもやってみる価値はある、と思った。


世界樹に挑む理由、未知への好奇心、自分を試したいという欲求。
結局、自分は冒険者になるための条件を余すところ無く持っていたのだ。
そして冒険者としてアーモロードを訪れた自分とジョセフを拾ってくれたのが、
ギルド「アルファ」だった。
約二週間前に設立された、というそのギルドは、
慎重に、しかし着実に迷宮を踏破していた。
『ちょうど今日、元老院からの冒険者選抜ミッションを受けて、
地下四階の探索を始めたところだ』
と右目に眼帯をつけた青年ーーーハロルドが言った。
聞けば、そのギルドはごく少人数のグループ、あるいは一人でアーモロードを
訪れた冒険者の寄せ集めでできたギルドらしい。
彼自身も三人でギルドを立ち上げようとしていたときに声をかけられた、
ということだった。
『うちのギルドの掟は二つ』
『一つは『世界樹を踏破する』もう一つは『仲間と協力する』』
『具体的には特に何も無いけど、そういう意識で、ってことだよ』
オレが説明するよりは、と連れていかれた宿屋にいた、
フィオと名乗った青年ーーー実は女性だったがーーーが言った。
『それさえ守ってくれるなら、「アルファ」は君たち二人を歓迎するよ』
渡りに船だった。二つ返事で頷いた後にジョセフを見ると、
彼も笑って頷いていた。





その後、頼みこんで踏み入った樹海で、自分は倒れたのだった。
体長が人間の子供と同じくらいはありそうな、巨大な鳥の一撃の記憶を最後に意識が途切れている。
外傷はないみたいだが、全身がこわばっていて思うように動かない。
「怖いか」
今まで自己紹介以外で一度も口を開かなかった、
ゲイルと名乗った男性がこちらを向いていた。
とっさに否定しようと口を開くが、仮面の奥に見える瞳は真剣なもので。
「・・・怖いよ」
言ってしまってから、しまった、と口を塞ぐ。
怖がりなんて、冒険者として失格じゃないかーーー
「よかった」
驚いて見やると、フィオがほっとした表情で自分を見ていた。
他の二人も安堵した表情だ。
「・・・どうして?」
「ハル、パス」
「え?いやいやいやオレに説明させようとか無謀じゃね?」
「はいがんばれー」
「うーあー、なんだ、その、怖いって思うのはいいことなんだよ」
「15点」
「評価厳しすぎだろ!」
言われた内容と、いきなり始まった漫才に呆然としている自分とジョセフに向かって、
ゲイルが含み笑いで口を開く。
「・・・無謀と勇気は別物だということだ」
「あーそうそう!オレが言いたかったのそれだ!」
「って全然違っただろーが!」
フィオがハロルドの背中をひっぱたいて続ける。
「前に進むためには勇気が必要で、でもそれは無謀じゃだめなんだ」
「『怖い』という感情は、その無謀を止めてくれる。だから、よかった、だ」
「それはわかりますが」
と隣に立っていたジョセフが口を開く。珍しくどこか困惑した表情だ。
「『怖く』て、・・・不安で立ち止まってしまうことになったりしませんか?」
「ハロルド、パス」
「ゲイルまで!?って、これならオレでもわかるぞ。ずばり『そのための仲間だ!』」
「100点」
「うっしゃ!」
「オレ『でも』って言っちゃうところがなー・・・」
「うっせー!ほっとけ!」
わいわいと続く漫才を横目にジョセフを見ると納得の表情で、
多分自分も同じ顔をしているのだと思った。
ーーーそっか。仲間、か。
ーーーこんな仲間なら、いいな。
目を上げると、言いあったあげくにハロルドを蹴り飛ばして
一応の収拾をつけたフィオが、こちらを向いて笑った。
「あらためて、『アルファ』へようこそ!」